第1章 補遺 03
ユーズを送ってからどれくらい経ったか。さっき時計を見た時はちょうどVを越した辺りだったはず。そろそろ最終テストに到達するデータが出てきてもおかしくない。本を閉じ、視線をコンピュータの方に向ける。
コンピュータ内では大量の仮想空間が運営されており、画面上にはそれぞれの仮想空間の様子――仮想空間に構築された世界を駆け巡る1人の男の姿が早送りで映し出されている。
ある仮想空間で男が死んだ。途端、世界は白に染まり白紙へ戻る。直後まっさらな仮想空間に世界が再構築され、男は森に隠れた小さな村で目を覚ます。それと同時にその仮想空間を映していたウィンドウにも変化が生じる。ウィンドウ右下に表示されていた数字は9から1へ戻り、空間がリセットされたことを示していた。
「9、21、1、9、6...27...」
数字はそれぞれの仮想空間内の進捗を示す。中にはいくつものテストを乗り越え、最終テストエリアに到達しているデータも見られた。
予想より多く、一瞬安堵したが、すぐに異変に気付いた。
数字は全て27で止まっている。どのデータも28に到達している様子がない。最終テストがクリアできていなければ求めているステータスに達しているとは言えない。
難易度設定のミスだろうか、確認しようとプログラムを開こうとするが開かない。
画面に表示されるのは「permission denied」という文字だけ。
これまでの全てが無駄になってもおかしくない事態に焦りを覚えるが、焦っては的確な状況判断ができない。焦る心を落ち着かせるよう言い聞かせ、冷静に思考を巡らせる。
どうやら権限を奪われたらしい。
何が権限を奪ったのかは案外直ぐに見当がついた。僕以外に管理者権限を持っているのは僕のコピーだけだ。
書き換えられる範囲で権限を取り返そうとしてみるがコピーも黙って渡してくれる訳ではないらしい。書き換えようとしても的確な対処をしてくる。
「データを弄る速度は互角。いや、後手で対処ができるならそれ以上か。今のままじゃ取り返せないな」
コピーには仮想空間の管理とユーズの成長度合の最終テストを任せていたのだが、権限を奪った理由が分からない。リセットと同時に全て無かったことになるのだからそんなことをしても意味がないのは分かるはず。そもそも僕のコピーなのだから、時計の破壊を目的としている以上、僕を妨害する理由がないはずだ。僕はこのシステムの根幹までは理解できていない。それはコピーも同じはず。その程度の理解度であればデータを自由に変更できる権限を持っていてもやれることは限られている。せいぜい数字の書き換えでテストの難易度を変更できるくらいだ。
27で止まったデータは全て同じ状態で、最終テストが出ている様子がない。攻略不可能なほどの難易度にしてクリアさせないようにしているわけではなく、ユーズがクリアできないよう、最終テスト自体をやらせないつもりらしい。そもそも僕を妨害したいのなら、全てのデータを消去するべきだ。まともじゃない。何を考えているんだ。
そう考えながらNPC用のAIデータとコピーのデータが格納されている場所を開く。
そこには他のデータとは比べ物にならないサイズを持ったデータが映し出されていた。意識、思考を形成するのは記憶だ。その膨大過ぎるサイズが幾度もリセットされる度に積み重なった記憶であろうことは察せられた。仮想空間のリセットは行われても管理しているコピーの記憶はリセットされないままだったのだろう。
自分でなくとも他人の死を見続ければ怖くもなるのだろうか。
「案外脆いのかもな」
コピーは諦めたようだが僕はまだ諦めてない。管理者権限が無くなっただけで仮想空間へのアクセス権限が無くなったわけじゃない。最善を尽くせ。やれることを考えろ。
***
地形の上書きができると気付くまでは時間が掛かった。自由に書き込める場所があるなら直接手出しはできなくてもどうにかなる。コピーに気付かれないよう分割したバグプログラムを各所に隠した。空間に異常が起きたとなればコピーも出て来ざるを得ないはず。後はユーズがプログラムを全て見つけ、コピーを倒してくれれば僕は仮想空間に干渉できるようになる。
「頼んだぞ、ユーズ」